絶対界 第七章 無始終霊子の人間精神に及ぼす関係 p104〜107
断し居るは、末だ学理をきはめざるが故なり。 混合食の中に動物性の養分を盛に摂取すれば、従って消化力が遅滞し虫様突起を犯すによって是を切断せざれば、人命を損傷する危険にさらさるる故ならん。されど此組織のある以上、其に対しての食事を研究すれば断ることをなさずとも可ならん。 虫様突起は無用のものにあらず。是を切断すれ智能の関係に、大なる変化を与ふることは云ふ迄もなし。尚無用と思ふ虫様突起に於ても、他に種々のはたらきをしむるに必要なればこそ、神は是を作り給ひしなり。人智進みてもし其が不用となれば、神は決して作り給ふものにあらず。 諸子は唯食物によって肉体の健全を計らんとして、余分のものを余りに多く摂取するが故に、却て肉体に変化を与へ、一見すれば健全の如く見ゆれど、事実は動物性本能を発揮せしめて、不健全なる智識を作り居る結果却て、俗言に云ふうどの大木を作り居るにすぎざるなり。 医学上より肉体のみ健全なりとて、 神の眼より見る精神健全ならずば、即ち独活の大木に等し。
山間幽谷に在りて修行なし居る行者を見よ。 肥満強大のもの一人としてあらざるなり。されど彼等は健全にして、険はしき山岳をも飛鳥の如く駆け廻りて疲労を覚えず、百才以上の年齢を重ねて、尚も小児の如き活動をなし居るを見ば、諸子は驚嘆するの他なかるべし。今ここに一例をあげて諸子に語らん。この話は諸子の住める地球にはあらねど、同じ十流界の人類にして修行なし居る世界の一話なり。諸子の参考として、興味ある話なれば言葉の序に語りをくべし。
或処に住居なし居る人類のうち、最も優れたる法力の巧みなるものありしが、彼はその力に慢じて、此世界にて我程すぐれたる技能者はあらざるべしと語り居たるに、 或人来りて汝より勝れたる者此界には数多あり。現にこの山上に住居する仙人などは、既に何百才かの年齢を算へて今尚矍鑠たり。のみならず、彼の勝れたる法力は、到底汝の其と比ぶべくもあらざるなり。是を聞きたる高慢者は、されば我山上にのぼりてその仙人とか云へるものと技術を戦は
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さんと思ひたちて、山ふところに分け入りたり。然るに行く程もなく種々様々の怪物現れて彼に迫り来りしを、彼は法力を以て払ひつつ尚も進みけるに、ここに八文字に開らきたる一つの門あり。是を通過せんとなしけるに、扉は自然に閉されて進むことあたはず。彼は種々様々の法力を用いたれど頑として開らかず。さればとて彼は雲を喚びて其門を飛び超えんとなしたるに、門は次第に上昇して是又入るあたはず。さればとて地よりくぐらんとして地中に入りけるに、門は又下降して是又入るあたはず。ここに於て彼は当惑し、何とかしてこの門を通過せんとためらひ居たる時、門は又自然に開らきて、はるか彼方より一人の小児来りて、其門を出でて何処かに行かんとなすに会ひたり。
彼は小児に声をかけて、汝この門を自由に出入することを得るやとききたるに、小児いぶかりて何故かかることをきくやと。彼曰く、 我は此門に入るあたはずと語りけるに小児曰く、汝は高慢の心もて此門を入らんとすとも及ばじ。高慢の心もて此門を通過することを得とも、尚行手には種々様々の障碍ありて、汝は頂上迄到ること思ひも寄らず。早くその高慢の心を捨てよと語りたり。されど彼のもの未だその言葉に従ふことを得ずして、 小児に向ひて此門を通過する法を汝知るやと。 小児曰く、然り、かかる事は安し。強いて通り度くば法は教へやるべしとて、小児より法を授けられて、彼はその門を通過することを得たり。然して尚も進みけるに峨々たる岩石転々として行手をさへぎる。
彼は喘ぎ々々その岩石を、右に左に飛び超えつつ歩み居たるに、 軈て平なる処に着きたれば、ここは定めて頂上ならんと眼をあぐれば、こは如何に、始めに登りし元の麓に立ち返り居たり。
是にも屈せず、彼は又も山頂をめざして行きてはかへり、行きてはかへり、幾回となく繰り返へし居たるに、軈て一つの霊気彼をひっさげて虚空より麓に抛げ落しけるに、彼は気を失ひて小時立つあたはず、軈てめざめて暫時茫然たりしが、先に小児の語りし言葉を思ひ出して、己の高慢なる心の非をさとりて悔ひ改めの心となりて、山頂をめざして登りけるに、不思議や何等の障碍もなく安々と頂上に達することを得たり。軈て頂上に達して、仙者の門を訪れ
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見れば、一人の気高き人先に彼が出会ひたる小児に、何か教へをなしつつありたり。是を見て彼は問ふて曰く、山頂に住居する仙者は何処にありやと。 小児曰く仙者はここに居ます我師なり。 彼重ねて仙者は幾百年の長寿者なりと聞
きたり。然るに今拝顔すれば壮者にてはあらざるかと。 小児曰く、我師は既に幾百才かの年齢を重ねて、かくも嬰鑠たる姿なり。是を聞きて彼は又も高慢の心を起し、此仙者と技術を戦はさんとて仙者にせまる。 仙者口を開らきてイワよ去れ。彼憤然として怒気を含みて曰く、汝、我に向ってイワとは何か。(イワとは儲子の世界の最低の人種、奴隷とか或は汚れたる人種の意味なり)。仙者曰く、汝の姿は美はしけれど、心はイワなり。 斯る汚れたる心もて此山を犯すことは許されじ。 早く去れよと手を振れば、彼は忽ちはねとばされて、もとの麓に落されたり。此時以前の小児彼が傍に立ちて曰く、汝行力など我師と争ひて何の益があらん。たとひ汝は空を天かけるとも鳥には及ばし。 汝は火をよびてものを焼くとも、太陽には及ばし。行力何の益かあらん。 斯る事を速かに明らめて、人道の全きを得よ。然して我師の門に入るべし。其迄は師は許したまはざるなり。早く帰りて心の底より悔ひ改め人の道を全うせよと、言葉残して小児は雲をもよばず、そのまま頂上に駆け行きたり。是を見たる彼は、到底この小児にすら行力の及ばざる事をさとりて、故郷に帰り其後は行力を諦めて、全く人道に立ちかへりたりと云ふ例話なり。我ながながと斯る例話を掲げたるも、諸子を導くにあたって法力行力の徳にて、天界に昇る事の難きを教へんがために、この話を
特に掲げたるなり。 諸子は心して修養修行の方向をあやまたざるやう注意せられんことを望む。諸子は行力のすぐれたるものを見て其は神ならんとか、或は神業なりとか思ひ誤りて尊ぶ傾向あり。 法力によって得たる行力何の益かあらん。又斯るものを神の如く尊ぶは、実に滑稽至極のことにて、敢て尊きものにあらず。 唯其は珍らしきことをなす見世物に過ぎざるなり。 「木人将に歌ひ、石女立ちて舞ふ」とも、何等思慮を廻らすに足らん。 実に愚なることにてはあらざるか。百人千人否万人億人共に手を携へて、共に共に到るべき処に到らしめずば、人道を正しく歩みたりと
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は云ひ難し。心せざるべからず。
諸子の考へにては人道を歩むには、行力法力を以てせずば目的は達し難し。故に大切なるものは行力なりとの誤ちたる考えより、道を択ぶによって魔道に陥りて目的を達することを得ざるなり。行力魔法は何等人道との役にはたたざるなり。人道は正しき法を以て作られたる道なるが故に、苦まずとも、その法は修得するを得るによつてなり。 魔法によって人を導くは是横道にひき入れんとする悪魔の業なり。斯るものに眼をむけ耳を藉す勿れ。人道の法は正法なるが故に、直く清くして誰にも安々歩むことを得るによってなり。難行苦行して徒らに、近道を作る要なし。 いささか遠くとも決して迷ふことなく、安々と昇り得る道は、神によって作られたる正道なれば迷はず、是に歩みを進めなば、楽々と天界に到るは、即ち神の慈悲によつて恵まれたる道なるによつてなり。行者と雖も心がけ悪きものは、先に語りし高慢者の如く、行力法力に囚はれて頂上をきはむることあたはずして、幾回となく地上に転落す。 是魔法なるが故なり。 この例話に関して今少し宗教くさきことを語るの必要あり。其は後に到つて然ありしかとのさとりを得せしめんがためなるによって、少しく忍びて聞くべし。難行苦行は己より求めて道なき処に、道を作らんと企図心によって、苦まずともよきものを苦みて、新に道を考ふるによって、難行苦行はまぬがれざるなり。即ち難行苦行は己より求めて得たるものにて、神より難行苦行せよと教へられたるにはあらざるなり。故に行者は山にひそみて世に出づる事なく、其儘くちはてて空しくなるもの多し。是を我等に云はしむれば彼等行者は、一種の変態性人物にて、取るに足らざる愚者なりと云ふの他なからん。
すべて人類は相寄り相助けて、共に共に生存なすことに努めざるべからず。其が個々別々に山河の深き所に身を隠して、密かに己のみ安からんとなすが如きは、人としての任務にあらず。 是等に関しては種々様々の事情あるによって、其一々の者に対して彼是批判するものにあらず。 されどその多くの大半は、誤りたる道を歩むもの多きを以て斯
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